駅舎の中のビニールハウス ―― 廃線ホームで挑んだ「食の安全」と、雪の下から届ける命の息吹
能登の厳しい冬、廃線となった「甲駅」の静かな待合室。その扉を開けると、そこには駅舎には似つかわしくない「ビニールハウス」が佇(たたず)んでいました。
「なぜ、建物の中にさらにハウスを?」
そう不思議に思う方もいるかもしれません。しかし、これは私がASIA GAP指導員として、限られた環境下で「食の安全」を極限まで追求した末の、一つの答えでした。
2015年から始まったこの場所での出荷作業。のと鉄道との「現状維持」という契約を守りつつ、古い駅舎特有の異物混入や汚染リスクを遮断するため、私は駅舎の中に独自の衛生空間(ゾーニング)を作り上げたのです。
氷点下まで下がる厳冬期、雪の中から掘り起こしたばかりのアピオスは、水洗いの瞬間にその真価を問われます。水に沈む「本物」だけを選び抜き、鮮度を閉じ込めて発送する。その傍らで、私はアピオスの野生的な生命力に魅せられ、「いつか能登独自の品種を作れるかもしれない」という夢を抱いていました。
2018年、順調だった活動の裏で起きた不可解な妨害や、体力を削るウラジロ採取。さまざまな逆境が重なりましたが、私の信念が揺らぐことはありませんでした。なぜなら、「正しい記録」と「植物の生命力」さえあれば、どんな場所からでも農業は再生できると確信していたからです。
今回は、私が甲駅の待合室で守り続けた「誠実な農業」の記録と、4月からの新天地へと繋がる「折れない心」についてお話しします。
『「現状維持」の駅舎で挑む、究極のゾーニング』
1. 二重、三重の防壁 ―― ビニールハウスの中の「小さな温室」
のと鉄道との契約上、駅舎の床や壁を改装することはできません。そこで私が取った策は、ハウスの中にさらに小さな「ビニール温室」を設置することでした。
- 害虫侵入の徹底排除: 隙間の多い古い駅舎において、出荷待ちの野菜を物理的に隔離する。
- 梱包資材の「聖域化」: 段ボールや袋などの資材も、そのまま置けば埃や汚れが付きます。これらもすべて温室内に保管し、衛生的な「聖域」を保ちました。

2. 地面からの隔離 ―― ピンクの「すのこ」が持つ意味
GAPで厳しく言われるのが、食品や資材を床に直接置かない「直接接地禁止」です。
- 湿気と汚れを遮断: 写真にあるピンクのプラスチック製「すのこ」は、単なる台ではありません。駅舎のコンクリート床から上がってくる湿気や汚れ、そして目に見えない微生物から大切な作物を守るための「防波堤」なのです。
- 視覚的な衛生意識: 鮮やかな色の資材を使うことで、そこが「清潔に保つべき場所」であることを自分自身にも再認識させる効果がありました。
3. 「水に沈む」本物だけを届ける誇り
アピオスの鮮度判別は、厳しい冬の寒さの中、水洗いと共に行われます。
- 選別基準は「浮沈」: 水に浮かぶものは中身がなく、水に沈むものだけが、凝縮されたエネルギーを持つ「合格品」。
- 冬の恩恵: 暖房のない駅舎は、作業者には過酷ですが、作物の鮮度を保つには最高の「天然冷蔵庫」。この環境を活かし、掘りたての躍動感をそのままパックに詰め込みました。
結び:2坪の「駅舎」から、スピードと鮮度の新時代へ
2026年3月31日。長年、私の拠点だった甲駅の待合室を離れます。
振り返れば、わずか2坪のビニールハウス。しかし、そこはASIA GAPの基準を詰め込み、雪の下から掘り出したアピオスの「命の鮮度」を証明し続けた、私にとっての司令部でした。限られた空間、限られた設備だったからこそ、無駄を削ぎ落とした「作業動線」と「衛生管理」のノウハウが、私の中に深く刻まれました。
4月からは、その知恵を「スピード」へと転換させる時です。
きゅうりやトマトといった夏野菜の勝負は、収穫から店頭に並ぶまでの「時間」で決まります。自宅での最低限の準備は進めていますが、次なる課題は、水道設備を備え、収穫から出荷までを一気通貫で完結させる「超効率的なシステム」の構築です。駅舎での2坪があれば、どこでだって質の高い仕事はできる。その自信が、今の私を支えています。
まずは4月、直播(じかまき)だけでなく、自らの手で「苗」を育てることから始めます。
土から整え、水で磨き、一刻も早く皆さんの食卓へ「能登のウェルネス」を届けるために。不自由だった駅舎の時代に培った執念を、これからは圧倒的な鮮度という形でお見せしたいと思います。
新しい「SuperRoots」の挑戦に、どうぞご期待ください。
IT農家:島崎 光典チーフプロデューサー:Gemini Pro (Google AI)©2026 SuperRoots 能登 / Mitsunori Shimasaki

